Hello world!nora3です。
この間、ヒョンビンさんについてちょっと書いたんですけども。
なんだか・・・まだ書き足りないというか、も少し書きたいというか。
なので、すみません。今日もヒョンビン論でいってみよ〜っ!
こないだ上の「ヒョンビンさん!」を書いたら、またヒョンビンさんが観たくなって、まだ観てないのがHuluにあったので、今観てるんですよね。「シークレットガーデン」ってやつですけど。
男と女が入れ替わったりするやつで、コメディ要素の強い軽い感じのドラマかな、と思ったんで今まで敬遠してたんですけど、いやあ、なかなかどうして、これも面白いですねえ。
10年くらい前の作品だし、Netflix配信とかではないので、国を挙げてバックアップしてます感も特にないし、お金の掛け方なんかも日本のドラマと大差ない感じですけど。
ストーリーらしいストーリーだって、特にない。超資産家と底辺国民や男と女の間の価値観や考え方や環境の違いから起こるアレやコレやをコミカルにユーモラスに描いているだけで、物語の推進力になっているのは「恋愛」のみであり、それ以外には特になにもない「恋愛コメディー」です。
でも、面白いんですよねえ。
毎日仕事終わりが近づくと、もう続きが気になって気になって、どこにも寄らず急いで帰って、パソコン周りにビールやらつまみやら用意して、Huluを開く日々です!
こんなオトナ、どうなんでしょう??
僕が思うに、この面白さの秘密は、やはり俳優さんたちの演技にあります。
出演者のみなさん、みんな演技が魅力的なんですが、やはりヒョンビンさんが光ります!
なんというか、常に僕の予想を裏切ってくれるというか、斜め上を行ってくれる感じなんですよね。
10年以上前ですから、この頃はまだ20代だと思うんですが、すでにしっかりとした演技力と彼一流の華と品位を身につけています。
常に俳優としてリラックスしているのも見逃せません。表情、声、身体の動き、佇まい・・・全力MAXのシーンでも、どこかに余白があり、どこか余裕を感じさせます。
このドラマはコメディ要素が強くて、ヒョンビンさんも相手役のハ・ジウォンさんと心が入れ替わってしまったりするのですが、しっかり女子になっています。しかもなんだか、全く無理なく女子化しているように見えてしまいます。
この役作りをヒョンビンさんが実際にどのように行ったかは、本人に聞いてないのでわからないのですが、例えば女子らしい仕草や表情を研究するとか、身の回りの女子の動きを観察するとか、鏡の前で動いてみてもっとこうとかああとか、そういうふうにして作られたものではない、という気がします(形態模写的な「自分の外」に作る作り方ではない、という意味)。
先ほども書きましたが、余白と余裕を感じるんです。役を大づかみにできている場合の特徴です。おそらく彼は、ヒョンビンの身体とハ・ジウォンの心のままで、一日中でも疲れることもネタ切れになることもなく、ふざけ続けていられるんじゃないでしょうか。
そして、心がハ・ジウォンさんですから、時々、ちょっとかわいい。
ヒョンビンが女子的な動きをするのがかわいいという意味ではなく、時々、本当に女性的な魅力を感じてしまうということです。
「愛の不時着」のあの朴訥な役でヒョンビンさんを知った僕からすれば、完全に斜め上を行っています。僕が観た中では、例えば「コンフィデンシャル/共助」で演じたイム・チョルリョンの男性的な魅力と比べると、完全に別人です。
彼の心の「中」に、ハ・ジウォンさんが演じたキル・ライムの心も含まれているということでしょう。キム・ジュウォンとキル・ライム。二つの役を作り演じるわけですから、それは大変な作業だと思いますが、彼はそれを楽しみながら、大づかみにした役で自由自在に演じているように見えます。
結果、観ている側も楽しいし、演じている側も楽しい。
日本では、数年前に「今日から俺は」という大人気のドラマがあって、面白いので僕も観ていましたが、あの中で賀来賢人さんはじめ出演者の方たちがコミカルな演技を連発するんですが、同じ面白い演技でも、演技の構造というか成り立ち方がちょっとというか、実はだいぶ違うんです。
「今日俺」には「面白いことをしよう!」というエネルギーが溢れていました。アノ人があんなに面白いことをしたから、じゃあ俺も!といった感じで、みんなで「ネタ」を出しまくって、その相乗効果で、あんまり観たことのないような「ドタバタギャグドラマ」として成立していました。
「シークレットガーデン」や、その他のドラマのコミカルなシーンで、ヒョンビンさんが行っているのは、普通の例えばシリアスなドラマの役作りとなにも変わりません。「面白いことをしよう!」という気持ちは特にないわけです。ただ、そのキャラクターでその状況にいると、なんだかおかしな具合になってしまう、という台本や演出の妙であり、そのシーンに対する役の設定の妙です。
これが、コントやギャグとコメディの違いです。これは、どちらが良くてどちらが悪いというわけではなく、現実(日常)から超カリカチュア(超誇張)につながる線の上の、どこに作品や役を設定するかという問題です。
ヒョンビンさんが心掛けているのは、いつも自由にいられるように役を大づかみにすることと、なんにもでも対応できるよう余白と余裕を残すこと。あとは大胆で軽快な心を保ち、変化する状況に「乗っかって」いくこと。周りに対して心と眼を開き、自分のことはある意味放っておくこと、くらいなのかもしれません。
とにかく、彼は楽しんでいる。
相当な演技好き、だと思います。
そうでなければ出ない何かが出ている、と感じますねえ。
音楽で言うと、僕は米津玄師さんが好きなんですけれども、飛び切りの技術と実力を持っていて、だから余白と余裕を多く持つことができ、それらを使って良い意味で”遊んでいる”という感じが、とても似ているなぁと思います。
好きです。(#^.^#)