まさにカメレオン!高橋一生さんについて語ってみた!

演技的雑談
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Hello world!nora3です。

前回まで2回連続で日本の俳優さん、木村拓哉さんと菅田将暉さんの演技について語ってみたんですが、その中で「今の日本の若い人達はスゴイ。もうここから先は遠慮や萎縮の必要は無く、日本人としてのアイデンティティーに自信を持って、胸を張って世界に打って出る時代」みたいなことを書いたんですが、そういう意味で、まだまだ書いてみたい日本の俳優さんはいっぱいいます。

なので今回は、nora3が今一番気になっている俳優さんについて語ってみたいと思いまーす。

 

 

今回登場いただく俳優さんは・・・ジャーン!高橋一生さんですっ!

実はnora3、まだあんまり高橋一生さんのこと知らないんですよね。

観た作品も数えるほど。えーっと、最初にちゃんと観たのが綾瀬はるかさんと共演した「天国と地獄〜サイコな2人〜」ってやつ。そのあとNHKでやった「岸辺露伴は動かない」を観て、あとは今やってる「インビジブル」。で、この辺でやっと高橋さんのスゴさに気づいて、今サブスクで遅ればせながら「僕らは奇跡でできている」を観ております。そしてハゲしく気になっております、高橋さんが。

なにが気になるって、まあ色々気になるんですが、一番はやっぱりそのカメレオンさ加減です。

「カメレオン俳優」という言葉も使い古された表現で、要は毎回「別人のような役作り」をしてくる俳優さんをそう呼んだりするわけですが、そういう意味ではこのブログで語ってきた人達、ヒョンビンさんも菅田さんも「カメレオン」的俳優ってことになります(木村拓哉ファンの皆さんごめんなさい!でも木村さんはカメレオンとは違いますよね?今はまだ)。まあ、それはそれで間違いはないんですが、高橋さんの場合は本当に「カメレオン」って感じがします。なんというか、できあがった「役」の中に残っている「普段の自分」の部分がとても少ない気がします。

なぜなのか。

ヒョンビンさんや菅田さんは、演技も上手いし役作りもちゃんとしていて、結果として毎回「別人」の顔を見せるけれども、木村さん的な「全ての役に共通する核(芯)」の部分も残しています。木村さんの場合は「木村拓哉という強烈な核」を残したまま、トッピング的に「別人格」を散りばめており、ヒョンビンさんや菅田さんは「ある特定の条件の元で発動する自分」として「別人格」を作っていますが、その根底にはそれぞれの持つ核(芯)が外から見える状態で存在しています。ヒョンビンさんの場合は「品格・華」といった形、菅田さんの場合は「透明感・純粋さ」といった形で、それは全ての役に通底していて、私たちはそれを「その俳優さんの魅力」として観ることが可能です。

高橋一生さんの場合はどうでしょう。

彼の演技が本当に「カメレオン的」に見えるのは、全ての役に通じるような「核(芯)」の部分がとても少なく見えるからではないでしょうか。そしてそれは、おそらく演技的技術的な問題ではなくて、それぞれの俳優さんの「内的自己評価」平たく言えば、「自分で自分をどう感じているか」という自分に対する主観が関係しているはずだと思います。

ヒョンビンさんや菅田さん、そしてもちろん木村さんも、おそらくクラスの人気者、中心人物タイプだったのではないでしょうか。そういう人たちは、常に人の輪の中心にいて、人に注目されることに慣れています。

そしてnora3的には、このブログの立ち上げの頃から言っていますが、そういうある意味華やかで、周りの人から「俳優にでもなったら?」みたいに薦められたりするような人たちよりも、いつもクラスの隅っこにいて、授業で当てられただけで手や足や声が震えてしまうような、言い方を変えれば、周囲の状況の変化に大きく影響を受けてしまうような人の方が、演じることには向いている、という風に考えています。その理由については過去に何度も書いているので、下記の参考記事を呼んでみてください。

 

 

で、nora3的に感じるのは、高橋一生さんは、こちら側の人間じゃないか、ということです。

気になりすぎるので、ちょっとネットで経歴やらインタビュー記事やら読んだりしてみましたが、話のあちらこちらから「すみっこぐらし」世界の住人ではないか、もしかしたら今は違うかもしれませんが過去にはそういう時期があったのでは、と推察できる部分がいくつも見受けられました。これは良いとか悪いとかの話ではありません。その人が「どういう人か」ということで、それによって意図的にしろ意図的でないにしろ、その人の中にある「変わりたいという願望」「変身願望」の幅がある程度決まってきます。自分を大好きな人は、なにしろ今の自分が大好きですから、まあそんなに変わりたくない。当人は「そんなことないよ。俺だってもっとあんな風になりたいよ」と言うでしょうが、それはあくまで大好きな自分をベースにしたものになります。

自分をあまり好きになれない人、自分のことが大嫌いは人は、普段から変身願望が止まりません。思春期が始まった頃から今日まで、毎日「もっとあんな風だったら」「もしあの人みたいだったら」「自分の人生もきっと変わるのに」と考え続けてきたことでしょう。現実の世界では、こんな風なことばっかり考えているのは精神衛生上あんまりよろしくないかもしれません。でも演じる人にとっては、問題が切実な分、とてもリアルでシリアスな日常訓練になっているわけで、イメージの中で想像を膨らませて、「自分じゃない自分」をあれこれ経験済みなわけです。映画やドラマなど「現実の自分を超越することが許された世界」で、この積み重ねた訓練、リアルなイメージの経験が役に立たないはずがありません。

 

そういった意味で僕は勝手に、高橋一生さんが「すみっこぐらし」的世界の住人だと感じていて、「nora3的役作り」に近い形でアノ素晴らしい演技の数々を生み出しているんじゃないかと思っているんですが。いやホント勝手に。

もし間違ってたらゴメンなさい!まだ数作品しか観てないのにエラそうでスミマセン!

あと、誤解があると困るので一応書いておきますが、ヒョンビンさんや木村さんや菅田さんが俳優に向いてないとは言ってませんよ!絶対言ってないんで!それどころか御三方とも演技が大変素晴らしくて、僕はいっつも寝不足になりながら観てるんですから。でもこの御三方はそれぞれたくさんの才能に恵まれた方達なので、演技も大変上手にできるけど、他のことも上手にできちゃうんだろーなーとか思ったりするわけです。

 

というわけで、本日これまでですっ!

 

「変身願望」「ああなれたらいいのに」という思いがリアルでシリアスな訓練になる!
「自分+α」のイメージを育てて、「自分ではない自分」を想像し、経験しよう!